大阪地方裁判所 昭和57年(ワ)3171号 判決 1987年1月30日
原告
村上注連丸
右訴訟代理人弁護士
井上博隆
同
松村安之
同
野上精一
同
松川雄二
右訴訟復代理人弁護士
冨島智雄
被告
兵庫県
右代表者兵庫県知事
貝原俊民
右訴訟代理人弁護士
松岡清人
右指定代理人
鈴木富男
同
中島明彦
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告に対し、金九二五万四八五六円及びこれに対する被告への訴状送達の日の翌日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は、被告の負担とする。
3 仮執行の宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 当事者
原告は、昭和五五年一二月一九日死亡した訴外村上三保子(以下「訴外人」という。)の夫である。訴外人の相続人には、原告の外に訴外村上久浩及び同赤田安世の二人の子供がおり、各相続人は法定相続分に従つて相続したので、原告の相続分は三分の一である。
被告は、兵庫県尼崎市南塚口町六丁目八番一七号において、兵庫県立塚口病院(以下「塚口病院」という。)を経営している。
2 訴外人の死亡に至る経緯
(一) 訴外人は、昭和五五年一〇月五日、下肢のふらつき等を訴え、翌六日兵庫県立尼崎病院で診察を受けた後、翌七日塚口病院に入院し、重症筋無力症、脳幹部障害と診断されて、その治療を受けていたが、呼吸困難のため同月一三日気管切開をして、「バードマーク8」という機械名の人工呼吸器(以下「本件人工呼吸器」という。)により人工呼吸をすることになつた。
(二) 本件人工呼吸器は、訴外人の咽喉部に装置されており、その本体と咽喉部の装置部分が蛇管によつて接続されていた。右蛇管は、内部にたまつた水を拭きとるため予備の蛇管と約一時間おきに交換して使用されていたが、そのうちの一本の蛇管は、他の一本より短く、また蛇管がはめ込み式になつていて、そのすぐ上部にはバネが付いており、たるむことのないような構造になつていたため、はずれやすい状態にあつた。
(三) 原告は、塚口病院がいわゆる完全看護の方式をとつていたにもかかわらず、同年一二月一八日午後から自発的に訴外人の病室(四〇五号室)でその付添をしていたのであるが、同日午後一一時一〇分頃訴外人の隣で眠り、翌一九日午前零時一〇分頃、眠りから覚め、本件人工呼吸器の蛇管がその上部の接続部分ではずれているのを発見した。原告は、直ちにその接続をした後、面会室でたばこを吸つて四、五分程いて、病室へ午前零時一七、八分頃戻り、本件人工呼吸器を取り替えようとして初めて訴外人の異常に気付き看護婦に通報をし、当直医師によつて人工呼吸がなされたが、訴外人は、蛇管がはずれて酸素が送られなくなつたことが原因となり、同日午前九時四〇分頃死亡した。
3 責任原因
(一) 債務不履行責任
(1) 訴外人が前記のとおり塚口病院に入院して手当てを受けたことは、訴外人が昭和五五年一〇月七日、被告との間において、被告が塚口病院で訴外人に対し科学的かつ適正な診療看護を施し、訴外人を健康体に回復させ、退院させることを内容とする準委任契約を締結したことによるものである。
(2) 被告が右受任事務を処理するにあたり使用した本件人工呼吸器は、蛇管の接続部分がはめ込み式になつており、約一時間おきに予備の蛇管と交換して使用していたのであるから、蛇管が接続部分ではずれることも十分考えられ、その場合には直ちに訴外人の生命に異変をきたす重大な結果が発生するため、塚口病院の管理者は、蛇管がはずれた場合には音や光等によつてそのことを知らせる警報装置付きの人工呼吸器を使用する義務があり、また、本件人工呼吸器のような警報装置付きでない人工呼吸器を使用する場合においては、看護婦、担当医師、当直医師等に対し、蛇管の接続部分がはずれないように十分に装置させ、かつその後も、十分に装着されているか否かの監視を何度も行うように指導、監督すべき高度の注意義務があり、また、本件人工呼吸器の管理者である担当医師や当直医師は、看護婦等直接看護にあたる者に対し、右旨を徹底して行うように指導、監督すべき義務及び自らも十分に監視を行う高度の注意義務があり、さらに、看護婦等直接看護にあたる者も、蛇管の接続部分がはずれないように十分に装着し、かつその後も、十分に装着されているか否かの監視を何度も行うべき高度の注意義務があつた。
しかるに、塚口病院の管理者は、警報装置付きの人工呼吸器を使用せず、警報装置付きでない本件人工呼吸器を使用しながら、看護婦、担当医師、当直医師等に対する前記指導、監督義務を怠り、担当医師や当直医師も、看護婦等直接看護にあたる者に対する前記指導、監督義務及び自ら十分監視すべき義務を怠り、また看護婦等直接看護にあたる者も、前記蛇管を装着し、監視すべき義務を怠り、本件人工呼吸器の蛇管がはずれた当夜には、塚口病院の医師ないし看護婦は、蛇管に水がたまつた際に予備の蛇管と交換するため三〇分ないし一時間おきに漫然と訪室したのみでそれ以上の監視態勢をとつていなかつた。
そのため、前記のとおり本件人工呼吸器の蛇管がはずれたことを見過ごし、これにより、訴外人を死亡せしめたことは、前記準委任契約上の債務の不履行になり、被告は、その損害を賠償する責任がある。
(二) 不法行為責任
仮に、被告に債務不履行による責任がないとしても、塚口病院の管理者は、前記3(一)(2)の警報装置付きの人工呼吸器を使用する義務及び看護婦、担当医師、当直医師等に対する指導、監督義務を怠り、また担当医師である頼正夫医師や当直医師である肥田候一郎医師は、前記3(一)(2)の看護婦等直接看護にあたる者に対する指導、監督義務及び自ら十分監視すべき義務を怠り、更に死亡当時直接看護にあたつていた植田幸代看護婦らも、同じく前記3(一)(2)の蛇管を装着し、監視すべき義務を怠り、そのため訴外人を死亡せしめたものであるところ、被告は、塚口病院の管理者、頼医師、肥田医師及び植田看護婦らを塚口病院において雇用し使用したものであるから、民法七一五条の不法行為者の使用者としてその損害を賠償する責任がある。<以下、省略>
理由
一請求原因1の事実のうち、訴外人が昭和五五年一二月一九日死亡したこと及び被告が兵庫県尼崎市南塚口町六丁目八番一七号において塚口病院を経営していることは当事者間に争いがない。<証拠>によれば、原告が訴外人の夫であつたこと及び訴外人の相続人には原告の外に訴外村上久浩及び同赤田安世の二人の子供があり、各相続人は法定相続分に従つて相続したので、原告の相続分は三分の一であることが認められる。
二1 同2の事実のうち、(一)の訴外人が昭和五五年一〇月六日兵庫県立尼崎病院で診察を受けた後、翌七日塚口病院に入院し、重症筋無力症、脳幹部障害と診断されて、その治療を受けていたこと、呼吸困難のため同月一三日気管切開をして、機械名バードレスピレーター、機種名マーク8という本件人工呼吸器により人工呼吸をしていたこと、(二)の本件人工呼吸器が訴外人の咽喉部に装着されており、その本体と咽喉部の装着部分は蛇管によつて接続されていたこと、右蛇管ははめ込み式になつており、蛇管の内部にたまつた水を拭きとるため予備の蛇管と約一時間おきに交換して使用されていたこと、(三)の塚口病院が基準看護の方式をとつていたこと、原告は同年一二月一九日の午前零時一〇分頃面会室でたばこを吸つていたこと、その後原告から看護婦に通報があり、訴外人に対し人工呼吸がなされたこと及び訴外人が同日午前九時四〇分頃死亡したことはいずれも当事者間に争いがない。また、<証拠>によれば、以下の事実が認められる。即ち、原告は、同月一八日の午後から塚口病院の訴外人の病室で付添をして訴外人の看病に当たつていたところ、午後一一時頃に当日の午後四時三〇分から翌日の午前一時過ぎまで準夜間勤務として訴外人の看護を担当していた訴外植田幸代看護婦が訴外人の病室を訪れ、本件人工呼吸器の蛇管を咽喉部の装着部分からはずして訴外人の気管内におけるたん等の分泌物の吸引を行うなどの処置をして退室した。原告は午後一一時一〇分頃訴外人のベッドの隣に置いてあつた簡易ベッドで仮眠をとつたが、その後も植田看護婦は、午後一一時三〇分頃に訴外人の病室を訪ねて、点眼をしたり蛇管を交換してその内部に付いた水を拭きとつたり前記分泌物を吸引する等の諸処置を行つたところ、分泌物の量が多かつたため、さらに午後一一時五〇分頃から翌日の午前零時頃にかけても訪室して分泌物の吸引等を行つたが、この際は蛇管の交換をせず、また本件人工呼吸器が一分間の呼吸数二四回にて良好に作動していることを確認して退室した。原告は、翌一九日の午前零時一〇分頃仮眠から目を覚まして面会室にたばこを吸いに行き、訴外常盤看護婦により少なくとも午前零時一五分頃までは面会室にいたことを目撃されているが、一方、植田看護婦は、午前零時過ぎから看護婦詰所において夜間勤務の看護婦に対し申送りを始めていたところ、その途中の午前零時三五分に訴外人の病室よりナースコールがあつたため直ちに訪室すると、訴外人の上、下肢にチアノーゼが出現し、上肢において脈拍が触れないような状態であつたものの、本件人工呼吸器の作動状況は正常かつ良好であつた。植田看護婦は、直ちに他の看護婦に対し訴外人の心マッサージを依頼し、また午前零時三八分に当直医であつた訴外肥田候一郎医師に来診を要請したところ、肥田医師は午前零時四五分に来診し、心マッサージを看護婦から引き継いで行うとともに強心剤を注射するなどの救命措置を採つたので、訴外人の容態は一時脈拍が触れるようになつたが、血圧は上昇せず、やがて強心剤に対する反応が悪化して前判示のとおり午前九時四〇分頃死亡した。以上の事実が認められる(右認定に反し、原告は、原告の仮眠中に看護婦が巡回に来たのは一回のみであり、また原告が看護婦に通報した時刻は、午前零時一七、八分頃であり、午前零時三五分には肥田医師により訴外人の心マッサージが行われていた旨供述し、また前掲乙第一号証の看護記録の記載については、措置中に医師の指示を逐一メモをする余裕はなかつたと思う旨の証言を援用してその真実性に疑問を呈している。しかしながら、原告は、前判示のとおり同月一八日の午後一一時一〇分頃から翌日の午前零時一〇分頃まで仮眠中であつたのであるから、植田看護婦のその間の巡回に気がつかなかつたことも十分考えられ、また看護記録の記載については、看護記録及び重症記録の各記載の様式と内容によれば、看護婦が常に持ち歩いているメモ用紙にその都度メモ書きしたところに従い、右看護記録を作成したことが認められる(証人肥田の前記証言は、同証人の推測によるものに過ぎない。)から、乙第一号証の記載に信憑性を認めることができ、これと証人植田及び同常盤の各証言に照らすと、原告の前記供述を採用することはできない。)。
2 そこで次に、訴外人が同日の午前零時三五分にその上、下肢にチアノーゼが出現し、上肢において脈拍が触れないような状態になつた原因について検討する。
(一) <証拠>によれば、訴外人の病状については次の事実を認めることができる。即ち、昭和五五年一〇月七日に入院した当初には、言語はろれつが回らず構音障害があり、眼瞼下垂、眼球運動不良、顔面神経麻痺、舌運動・燕下障害、四肢運動麻痺の状態で、尿失禁もみられ、さらに同日の午後一〇時頃、血圧の上昇(最高二〇六、最低一〇二)とともに意識の低下をきたして、翌八日の午前二時頃には昏睡状態となり、呼吸抑制(困難)が現れたため、気管内挿管を施して呼吸管理を行うと、徐々に意識の改善がみられ、危うく一命をとりとめたような状態であつたが、その後同年一二月一八日までには意識状態は改善がみられて五〇音表で意思の疎通ができるようになり、また眼瞼下垂は消失して兎眼になり、眼球運動は可能になり、四肢の特に躯幹に近い部分の麻痺は依然としてあつたが、両下肢足関節及び頸部の運動麻痺は改善がみられて足先はよく動かすことができ、また首も持ち上げることはできなかつたが、左右には回転させられるようになつていた。また、同年一一月三日に診断された肺炎に関しては、同年一二月一一日から肺雑音の下降がみられ、翌一二日には消失したものの、同月一六日の胸部レントゲン撮影の結果においては両肺野の肺炎像がみられてさしたる改善は認められなかつた。もつとも、同月一四日から一八日までの訴外人の体温は三五・七度から三七・二度までの間にあり、血圧、脈拍、体温等の管理も一般の入院患者と同様に一日に三回程度測定するのみであつて、また重症記録も作成されていなかつた。以上の事実が認められ、右認定事実によると、訴外人が本件事故発生当時自然的経過によりいつ死の転帰をとつたとしても不思議でない状態であつた旨の被告の主張及び右主張に副う証人頼の証言は、多少誇張的な表現というべく、訴外人の最悪の事態の可能性がさし迫つた可能性としてそれほど高度なものであつたとみることはできない。
(二) 右認定の訴外人の容態が、同月一九日の午前零時三五分頃急悪化した原因について検討するに、原告は、原告が同日の午前零時一〇分頃に仮眠から目を覚まして訴外人の方を見ると、本件人工呼吸器の蛇管がその本体との接続部分ではずれていた旨供述している。ところで、原告は、右供述に続いて、蛇管がはずれているのを発見するとあわてて蛇管を本件人工呼吸器本体に接続し、訴外人の胸が上下動するのを見て安心してたばこを吸いに看護婦詰所の前を通つて面会室へ行つた旨供述しているのであるが、原告が蛇管がはずれているのを発見したときは仮眠から目を覚ました直後というのであるから、どの程度の時間蛇管がはずれていたのかは原告に分からないはずであるのにもかかわらず、訴外人の容態を確かめることもナースコールもしないで、ただ訴外人の胸が上下動するのを見ただけで安心したこと、看護婦詰所の前を通りながら、蛇管がはずれたことを看護婦に報告して注意を促すこともしなかつたことは、不自然、不合理であり、ことに<証拠>によれば、それまでに原告ら訴外人の付添人がナースコールをする回数は他の入院患者の場合よりも多く、原告がナースコールをすることに遠慮しがちの者でなかつたことが認められ、このことを考え併せると、右供述の不自然、不合理さは、一層増大する。また、原告は面会室では四、五分いただけで訴外人の病室へ戻り、本件人工呼吸器の蛇管を交換して蛇管の内部にたまつた水を拭きとろうとしたところ、眠つていると思つた訴外人が動かなかつたので、蛇管が先程はずれていたときに訴外人が死亡したのではないかと思つて訴外人の額に手を当ててみたら冷たくなつていたのでナースコールをしたのであり、その時刻は午前零時一七、八分頃である旨供述しているものの、訴外人が睡眠中であつたとするならば、動かなかつたとしても何ら不思議ではないのに、そのために死亡の異変が生じたのではないかとまで感じたとする供述は、不自然さを感じざるをえないものであるし、前判示のように原告がナースコールをしたのは午前零時三五分であると認められるから、原告の供述する午前零時一七、八分からの約二〇分間の時間内に生じていた事態について、原告の語るところはない。以上のように原告の供述には、看過できない不自然、不合理の点があり、その信用性には疑問があり、結局原告の仮眠中に蛇管がはずれていた旨をいう原告の前記供述を採用することはできない。
しかしながら、前判示のように植田看護婦が原告からのナースコールがある直前に訴外人の病室を巡回した時刻である同月一九日の午前零時頃からナースコールのあつた午前零時三五分頃までの時間に、訴外人の容態が前項で認定したように急変して、上、下肢にチアノーゼが出現し、上肢において脈拍が触れず、その後肥田医師らの救命措置にもかかわらず死亡するまでに至つたこと、さらに、<証拠>によれば、訴外人の罹患していた病気のうち、脳幹部障害についてはこれを原因とする呼吸困難は徐々に始まるものであるし、肺炎及び重症筋無力症については急に呼吸困難が生じるものであると認められるものの、重症筋無力症の急性増悪(クリーゼ)による呼吸困難は、<証拠>によれば、訴外人に対して措置をしたように人工呼吸器による呼吸管理によつて防げるものであると認められ、また肺炎については訴外人の病状は前項で認定したように同年一一月初め頃の発症時より相当の時間が経過しており、同年一二月一八日頃には熱も平熱に近く、肺雑音も消失しているなど比較的良好であつたことからすれば、他に病状の悪化により訴外人が死亡したことを認めるに足りる証拠がない本件にあつては、訴外人の前記疾病の通常の推移によるものとは異なる何らかの突発的事由が介在したことによるものと推認するほかなく、これに<証拠>によれば、ナースコール直後に訴外人の病室に駆けつけてきた植田看護婦に対し、原告は、蛇管がはずれていたと述べたことが認められることを併せ考えるならば、訴外人の容態が急悪化した原因は、原告が仮眠から目覚めた後、ナースコールをするまでの間に、蛇管の接続部分がはずれ、その結果訴外人が呼吸困難に陥つたためであると認めることができ<る。>
(三) 右に認定した訴外人の容態の急悪化がそのまま訴外人の死亡に連なつたことは、前判示の訴外人の当時の病状及び訴外人の死亡までの間にとられた訴外人に対する救命措置に照らして明らかである(ただ、訴外人の具体的死因の確定は、<証拠>により認められるとおり、訴外人の死亡後その担当医の申出による訴外人の死体解剖が訴外人の子の承諾を得たものの、原告に実験材料にされたくないとの理由で拒否されたため、できずじまいとなつている。)。
三1 同3の(一)の事実のうち、(1)の被告と訴外人との間において、昭和五五年一〇月七日、塚口病院で訴外人に対し科学的かつ適正な診療看護を施す旨の診療契約を締結したことは当事者間に争いがない(その契約が訴外人を健康体に回復させ、退院させることまでを内容とするものであつたことについては、これを認めるに足りる証拠がない。)。
次に、同3の(2)の被告に債務不履行があつたか否かについて判断する。前記二2(二)、(三)で認定したように訴外人が死亡するに至つたのは蛇管の接続部分がはずれたことによると認めることができるところ、蛇管の接続部分がはずれた原因について検討するに、まず訴外人が体を動かしたことによる可能性については、前記二2(一)で認定したように訴外人は躯幹及び四肢を動かすことはできず、首を左右に振ることができたのに過ぎなかつたのであり、また昭和五七年一一月一九日に実施された検証調書の添付写真①ないし⑦によれば本件人工呼吸器はある程度移動が可能なものであり、蛇管を支えるアームも、また蛇管自体も伸縮が可能であると認められるから、訴外人が首を動かしたことにより蛇管がはずれたものとは考えられない。次に、前記二1で認定したように植田看護婦が昭和五五年一二月一九日の午前零時頃分泌物の吸引などを行つて訴外人の病室から退出するに際して、本件人工呼吸器の蛇管の接続部分を十分に装着せず、またその確認を十分にしなかつたことによる可能性については、前判示のとおり原告が午前零時一〇分頃に仮眠から目を覚ましたときまでに蛇管がはずれたことは認められず、その後に蛇管がはずれたとすれば、原告がそれを発見してナースコール等の措置をしたであろうと考えられるところ、そのような事情も認められないからこれもまた考えることはできない。これに、<証拠>によれば、植田看護婦が原告からのナースコールにより訴外人の病室に駆けつけた時には、原告は病室外から帰つてきたような状態で本件人工呼吸器の置いてある訴外人のベッドの脇に立つており、植田看護婦に対し蛇管がはずれていたと述べたが、その後肥田医師らにより訴外人に対する救命措置がとられているときには、植田看護婦に「あんたは一二時に見回りに来んかつた。その証拠に蛇管にたくさん水がたまつていたから、わしが振り払うて、たばこを吸いに部屋を出たんじや。」と述べたことが認められること並びに<証拠>によれば、原告は、同日の午前二時三〇分頃、訴外人に対する救命措置が続けられている最中であるにもかかわらず前日まで訴外人の看病に当つていた姪の訴外松田に対して九州まで電話をかけて訴外人が死亡した旨告げたことが認められること、以上の各事実を総合すれば、原告が午前零時一〇分頃仮眠から目を覚まして、蛇管を予備のものと交換した際に確実に蛇管を接続することを怠り、そのために蛇管の接続部分がはずれたのであり、原告は、はずれた蛇管の接続をしてからナースコールをしたが、右蛇管のはずれが訴外人にとつて致命的なものであることを察知していたものと推認され<る。>
このように蛇管がはずれたのは原告が確実にその接続をすることを怠つたことによるものであるが、<証拠>によれば、訴外人を担当する看護婦が、原告ら訴外人の付添人に対し、看護婦のする蛇管の交換を補助してもらつたことはあるものの、看護婦のいないときに蛇管を交換することを認めたり、指示したりしたことはなく、却つて、一度原告が一人で交換しているのを見掛けた植田看護婦が原告に注意していたことが認められるから、原告が勝手に蛇管を交換することを予想して、その際に本件人工呼吸器の蛇管の接続が十分にされているか否かを監視する義務が、看護婦等直接看護にあたる者や担当医師及び当直医師にあるものとは認められず、従つて担当医師及び当直医師が看護婦等直接看護にあたる者に対して、また塚口病院の管理者が看護婦、担当医師及び当直医師に対して、いずれも右監視を行うように指導、監督すべき義務があるものとは認められない。また、塚口病院の管理者においては、人工呼吸器の蛇管がはずれるような事故に備えて原告主張のような警報装置付きの人工呼吸器を使用することができたのであるから、それを使用することが望ましいことは言うまでもないことであるが、警報装置付きの人工呼吸器を使用することが被告の法的義務であると認めるに足りる証拠はなく、結局、被告には原告主張の債務不履行を認めることはできない。
2 同3の(二)のうち、死亡当時の訴外人を担当していた看護婦が植田幸代看護婦らであること、担当医師が頼正夫医師であり、当直医師が肥田候一郎医師であつたこと及び被告は塚口病院の管理者、頼医師、肥田医師及び植田看護婦らを塚口病院において雇用し使用していたものであることは、当事者間に争いがない。
ところで、塚口病院の管理者には警報装置付きの人工呼吸器を使用する義務も、看護婦、担当医師及び当直医師に対して原告が一人で蛇管を交換する際にも本件人工呼吸器の蛇管の接続が十分にされているか否かの監視を行うように指導、監督すべき義務もあるものとは認められないこと、担当医師である頼医師や当直医師である肥田医師についても看護婦等直接看護にあたる者に対する右指導、監督義務及び自らも接続が十分にされているか否かの監視義務が、さらに死亡当時直接看護にあたつていた植田看護婦らについても右監視を行うべき義務があるとは認められないことについては、前項で判示したとおりであるから、結局、塚口病院の管理者、頼医師、肥田医師及び植田看護婦らには原告主張の過失を認めることはできない。
四そうすると、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官井上 清 裁判官宮城雅之 裁判官後藤 隆)